【出版作品紹介】素直になれない女王様~期限付きの恋人~

ナイトランタン関連サイト登録作者:桐野りのさんの電子書籍の紹介です。

・作品名 素直になれない女王様~期限付きの恋人~
・作者名 桐野りの
・イラストレータ 繭果あこ
・発売日 2016年11月
・販売価格 432円(税込)
・購入方法 amazonKindleなど電子書籍配信サイトなどでお求めください。
・出版社 夢中文庫
・レーベル 夢中文庫クリスタル

・内容

『氷の女王』と呼ばれるファッション誌編集長、姫川麗華は秘書の烏谷真也が大の苦手。事あるごとに口説いてくる軽いところが嫌なのだ。ところがある時、麗華は烏谷と1週間限定の恋人契約を結んでしまう。「1週間、俺を見ていてください」そう言って突然麗華を押し倒す烏谷。大人の余裕で期間限定の恋を楽しむつもりが、あっけなく動揺させられて麗華はたちまち逃げ腰に。(彼は確かに魅力的。でも遊び人はまっぴらなの!)どんなに逃げても追ってくる烏谷に困り果てていた時、助け舟が現れた……!プライドを持って働く大人の女性も、恋の前にはただの悩める乙女に変わる。契約切れの朝2人の間に生まれたものは…?ロマンティックオフィスラブ

・その他伝えたい事
サンプル

★『素直になれない女王様』 桐野りの
 
◆一話
 
 九月のある朝、ファッション誌「プリンセスリバー」編集室では、新年号の編集会議が行われていた。
 二十七歳の若き女編集長、姫川麗華《ひめかわれいか》は、会議の時だけつけてくる黒縁眼鏡をくい、とあげ、鋭い目でスタッフを見回した。
「さっきからずっとセンス悪い服ばっかり。特にこのシャツドレス、一体誰が用意したの?」
 明らかに不機嫌とわかる暗い声のトーンである。スタッフたちの間に動揺したような雰囲気が流れ、衣装を身に付け、ポーズをとっていた若いモデルたちも、一斉に不安そうな表情になる。
「僕です。姫川編集長。ヨージーデザインの新作です」
 コーディネーターがひきつった顔で片手をあげた。
「襟の形が古すぎるわ。色も暗いしこれじゃ写真映えしないでしょう。これも、さっきのも全部ボツよ。プロならちゃんと仕事して」
 麗華はファイルを小脇に抱え、立ち上がった。
「来週また仕切り直しましょう。頼んだわよ」
 背中にじっとりとしたスタッフたちの視線を感じながら、麗華は会議室を出た。
「聞いたか?全部やり直しだと? 編集長は一体なにを考えてるんだ!」
 ドアごしにコーディネーターの不満げな声が聞こえてくる。
「……文句を言っても仕方ないわ。彼女は姫川グループのお嬢様だもの。言いつけを守らなかったら姫川社長に叱られるわよ。俺の娘をいじめるな、って」
 女性スタッフが嫌味な言い方でコーディネーターを慰めていた。
(こらこら、全部聞こえてるわよ……っていうか、これ、絶対にわざと聞かせてるよね)
 嫌味で鬱憤を晴らすような連中に付き合う暇はない。
 麗華は己を鼓舞するようにハイヒールを鳴らし、自分のデスクに向かって歩き始めた。
 しかし続けて聞こえてきた男性スタッフの声に歩みを止める。
「あーあ。結局うちは『氷の女王』のワンマン雑誌だよな。なんかやる気がそがれるっつーか」
(はぁ? 『氷の女王』? それから『ワンマン雑誌』ですって……?)
 そう呼ばれていると知っていたはずなのに、直接聞くと意外なほどカチンときた。
 麗華はくるりと体を返し、会議室へと引き返した。
(ワンマンにならざるを得ないのは、あんたたちが無能だからでしょ!)
 それくらいのことは、言ってやろうと、ドアノブに手をかけた時、
「言いたいことがあるなら、本人に直接言えばどうですか? なんなら俺が伝書鳩《でんしよばと》になりますよ」
 妙に説得力のある、落ち着いた男性の声が聞こえてきた。
(烏谷《からすだに》だ……)
 麗華はドアノブから手を離し耳をすませた。
「さぁ、誰からでも順番にどうぞ」
 抑揚のない、ぶっきらぼうとも言える話し方。
 なのに、なぜか秘書の烏谷は、いつも不思議と人との軋轢《あつれき》を生まない。
 自分でもそれがわかっているから、言葉足らずな麗華をカバーするために、会議室に残っているのだろう。
 案の定ざわめきはぴたりと止まった。
「伝言はないようですね。じゃあ後は頼みますよ」
 近づく靴音に麗華は慌ててドアの前から離れた。追いつかれないように足を速める。
 しかし、すぐにドアが開き、
「あれ、編集長」
 ほんの少し歩いたところで、あっけなく彼に見つかってしまった。
「今の話、聞いてました?」
 烏谷はこちらに近づきながら、親指を後ろの会議室に向けた。
 聞いてない振りをしようかと一瞬思った。
 だけど嘘《うそ》をついても、きっとこの男には見抜かれてしまう。
「『氷の女王』? まあ、あれだけ大きな声ならね」
 麗華は眼鏡をシャツの襟元に挿すと肩をすくめた。
「あいつら、愚痴でストレスを解消してるんですよ。まぁ、言われなくてもわかってるでしょうけど」
 烏谷はどうやら慰めてくれているらしい。
「別に気を使わなくていいわ。ぴったりなあだ名だと思うわよ。そういえば私、十年くらい泣いたことがないの。きっと体も心もかちかちに凍りついているんだと思うわ」
 烏谷は少し驚いたようだった。
「泣いたことがない? 珍しいですね」
「そんなに不思議? 烏谷は泣くの?」
 肩を並べて歩きながら、麗華は背の高い彼の顔を仰ぎ見た。
「ドラマ見てよく号泣してます。悲しいシーンとかグッときませんか」
「そもそもテレビなんて見ないもの」
「転んで怪我しても泣かないんですか?」
「ええ。でも、大人が転ぶことなんてある? あなた、例えが変だわ」
 麗華は笑った。
「そうですね……じゃあ……失恋した時はどうですか? さすがにそれは泣くでしょう」
 さりげない言葉。
 だけど最初から準備していた言葉だとわかった。
 麗華の顔から笑みが消える。
「それこそ全然泣けないわ。悔しいだけよ。ねえ、あなた、なにが言いたいの?」
 麗華は烏谷を睨《にら》みつけた。
「バレましたか」
 烏谷は苦笑し、
「実はお聞きしたいことがあるんですよ。今からデスクにお伺いします」
 麗華の顔を覗《のぞ》き込んだ。
「明日にしてくれる? 忙しいの」
 麗華はそう言って長い前髪をかきあげた。
 どうせなにを言われるかわかっている。鬱々とした気分を引きずっている今、面倒なことは後回しにしたい。
「会議が二時間早く終わったんだから、時間はあるでしょ」
 烏谷はそう言うと、麗華より先に廊下を歩き始めた。
 
 烏谷真也《しんや》。二十九歳。
 彼はもともと麗華の父、姫川龍之介《りゆうのすけ》の第一秘書だった。
 老舗服飾ブランド『モード姫川』のオーナーである龍之介が、突然ファッション雑誌を創刊し、初代編集長に娘の麗華を指名したのは、一年前の出来事である。
 父親譲りの洋服好きで、ショップではカリスマ店長と呼ばれた麗華だが、出版に関してはまるで素人である。
 そんな彼女のお目付役に、龍之介は秘蔵っ子の烏谷を差し向けたのだ。
 
 烏谷は規格外に有能な男だ。
 優れた実績と行動力、東大卒という堅実な学歴は、まさにエリートと呼ぶにふさわしい。
 加えて烏谷には飛び抜けたルックスという、ファッション業界には得難い資質が備わっている。
 毎月大勢のメンズモデルを見ているが、烏谷を前にすると誰もが色あせて見えるほど。
 烏谷という「有能な歩く広告塔」とカリスマ店長だった麗華の知名度が呼び水になり、プリンセスリバーは創刊一年で、月刊十二万部の人気雑誌へと成長した。
 未曾有の出版不況の中、これは偉業と言っていい。
 
 烏谷は麗華の優秀な右腕であり、プリンセスリバー随一の営業マンでもあった。
 社交に疎い麗華は、烏谷のそつのないコミュニケーション能力に随分助けられている。
 でも麗華は彼が苦手だ。
 向かい合うと、なぜか小馬鹿にされている気がして、つい張り合うような言い方をしてしまう。
 第一印象の時に感じた、激しい苦手意識が、パートナーとして丸一年過ごした今も、麗華の心に暗い影を落としているのだ。
 
 初めての顔合わせは、都内の小さなカフェだった。
 打ち合わせの間中、彼は相槌《あいづち》を打つばかりで、ろくに口をきかなかった。
「……私からは以上よ。何か質問はある?」
 最後にそう尋ねた時、彼の口から出てきたのは、ふざけているとしか言いようのない言葉だった。
「編集長って、美人ですよね。今付き合ってる男、います?」
 とても自然な言い方だったけど、それまでの会話とは全然繋《つな》がらない。
「恋人ならいるわよ。この年なら当たり前でしょう」
 戸惑いながら答えると、
「それは残念。フリーだったら俺と付き合ってもらおうと思ったのに」
 そんなセリフが返ってきた。
「ちょっと……! からかわないでよ……!」
 父親に紹介された仕事上のパートナーが、飲み屋で女を口説くみたいな軽い言葉を口にしたことに、麗華は激しく動揺した。
 だいたい、こんな綺麗《きれい》な相手に自分の見た目を褒められても、嫌味にしか聞こえない。
 烏谷は驚いたような表情で、麗華の顔を覗き込んできた。
「あれ? 編集長、なんか、顔が赤いですよ」
「え……?」
 そう言われて、麗華は慌てて頬に手をやった。
 信じられないくらい熱い。全身の血が一気に顔に集中していたみたいだ。
 意外な反応だったらしく、烏谷はまじまじと麗華を見つめ、
「へーえ」
 なぜか嘲るようにくすりと笑った。
(この人、笑った……!)
 何か言い返してやろうと思ったのに言葉が出ない。
 恥ずかしさと気まずさを押し隠し、麗華はアイスコーヒーを一気に飲み干した。
「編集長って可愛いですね。なんか楽しくなってきたな」
 しれっとした態度でそう言った、あの時の笑顔は、今でもくっきりと麗華の頭に焼き付いている。
(舐《な》められてる……!)
 女をいきなり口説くような男は信用できない。
 あの時灯った警戒信号は、今も点滅し続け続けている。